大判例

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高松高等裁判所 昭和32年(ネ)7号 判決

控訴人(申請人) 株式会社高知新聞社

被控訴人(被申請人) 本久晃 外二名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人等は、原判決を取消す、被控訴人等は別紙目録記載の建物内に立入つてはならない、控訴人の委任する高知地方裁判所執行吏は右事実を公示した趣旨に従つて適当の措置を執ることが出来る、被控訴人等の仮処分申請はこれを棄却する、訴訟費用は第一、二審共被控訴人等の負担とする、との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述、証拠の提出援用認否は次に特に記載するものの外は原判決事実摘示と同一であるからこれをここに引用する。

控訴代理人等が当審において新たに陳述した事実の要旨は次の通りである。

(一)  高知新聞労働組合(以下組合という)は昭和三十一年七月二日控訴会社に対し何等の交渉もなく突如前編集局次長下坂慶造、同川淵操両名に対する依願退社の慫慂を撤回せよとの申入書を提出すると同時に右両名に対する退社慫慂を撤回せしめる意図をもつて会社の内外に組合ニュース(甲疎第二十七号証)約五百枚を発行頒布して闘争を宣言し抜打的争議を展開した。しかしながら右下坂、川淵の両名は非組合員であつて(昭和二十八年五月まで組合員であつたことは認める)且つ控訴会社の利益代表であり組合又は組合員に何等関係なきものである。従つて組合が右両名の解雇反対、依願退社慫慂の撤回等を要求しその貫徹を図ることを目的とする本件争議は明らかに組合活動の目的を逸脱した不当違法な争議であり、又一回の団体交渉をも為さずして抜打的争議を開始したことも不当違法な争議行為である。

控訴会社は昭和二十九年暮すでに組合に対し労働協約案(甲疎第八十一号証)を提示してあるに拘わらず組合からはこれの対案を示さず、本件争議に至るまで未だかつて一回も労働協約について団体交渉の申入がなかつた。団体交渉のない以上これに関する争議の発生する筈はなく、本件争議の目的の総べてが右下坂、川淵両名の解雇撤回要求の貫徹にあつたことは明らかである。

(二)  以上の如く組合は七月二日抜打的争議に入つたが以後同月二十日迄の間に原判決に摘示したものの外に次の如き違法な争議行為を敢行した。

(1)  七月十日及び十一日の両日、不法にも組合員に対し重役室、局長室、秘書室に出入する際は組合の闘争委員に届けなければならない旨社内マイクによつて指命してこれに従わしめ控訴会社の職場の秩序を乱しその業務遂行を妨害した。

(2)  同月七日から同月二十日迄の間、許可なく就業時間中に組合員をして職場を離脱せしめ連日にわたり一日に一回乃至数回(一回の消費時間は約一時間乃至二時間)闘争委員会、執行部会等を開催し、且つ宣伝活動を行ない、同月十二日控訴会社が警告(甲疎第十二号証)を発したにも拘わらずこれを無視して継続し控訴会社の職場の秩序を乱し職場を離脱せしめその業務遂行を妨害した。

(3)  同月二日から同月十三日迄の間

(イ)  「まず全面撤回を会社へ申入れ」と題し、両局次長(下坂、川淵)の次にはあらしのような暗い弾圧が襲いかかり我々の生活は思うままに暴力のエジキとなつてしまうだろう云々(甲疎第二十八号証)

(ロ)  「すでに判決くだる」と題し、高知地方裁判所でもこれについて四日次のように語つた「道義的にはもちろんだが法的にも明らかに不当解雇だ」云々(甲疎第三十号証)

(ハ)  「下坂、川淵両氏辞表を撤回」と題し、会社は下坂、川淵両氏の辞表撤回に対してどういう態度でのぞんでくるか、強気か弱気か、そのいずれにせよ、われわれの目標は暗黒政治の粉砕であり云々、組合のいのちを、われわれの生活をむざんに破壊してくることだろう云々(甲疎第三十一号証)

(ニ)  「不正とは断固たたかう、切捨ご免の人権蹂躪だ、中野重役重大決意表明」と題し、中野取締役の発言として、これは現行憲法の根本精神が蹂躪されようとしているのだ、まさしく封建時代の殿さまの(ざんぎやく冷酷な)切捨ご免と同然である云々(甲疎第三十三号証)

(ホ)  「さあ署名とスト権確立だ、暴力に対する正義の武器を」と題し、暴力をほしいままにする会社側に云々、この解雇が現代民主社会にあるまじき不当非道の暴挙である云々(甲疎第三十四号証)

(ヘ)  「ハチマキ闘争に突入」と題し、今夕会社役員会、狂奔破れかぶれ―ヒステリックに暴言を吐く会社側がこの狂つたレールにのつてやみくもに暗黒へ暗黒へと突つこむことはわかりきつた話だ云々、わが社の経営者たちは最後に残る一片のこの良識(人間的良識ではない)さえかなぐりすててしまつたのである。このヒステリックな一群にまかされたわが高知新聞社が、いかにいま危険な状態にあるかはいわずとも知れる云々、組合はこの解雇を不当とし云々、従業員のなかには経験も分別もある部長クラスがどつさりいる、経済闘争のときには慎重論で容易に動かぬ人もいた、その人達のすべてが、こんどの場合絶対いかん、むちやくちやだ……と焼ごてをあてられた思いで……人道のために闘つている云々(甲疎第三十六号証)

(ト)  「あすはわが身に」と題し、このたび福田、池知両重役を中心とする悪らつなる陰謀のギセイにされようとしている下坂、川淵両氏云々(甲疎第三十八号証)

(チ)  「首切りは死刑の宣告だ、スト権確立して闘おう、必ず勝つ」と題し、この二人(下坂、川淵両名のこと)の問題を認めることは将来みなさんが、やれ酒をのみすぎた、やれ遅刻したといつてはどんどん首切られることをそのまま認めることになるのです云々、いま会社側では重役同志意見が食いちがい、その焦りがありありと現われています云々(甲疎第四十一号証)

等々控訴会社の重役を指して暴力、陰謀により会社を乗取つた暴力政権、独裁政府と呼び、ナチス的な憲兵政治、恐怖政治と称し、果はこれが重役の悪らつな血迷える陰謀と罵り、故らに虚構の事実を掲げ或は事実を曲げ、ありとあらゆる暴言と罵言を駆使し、全く常人の読むに堪えない辞句を連らねて控訴会社ならびにその重役を誹謗した組合ニュース、闘争ニュース数千部を発行し、非組合員を含む控訴会社の従業員、支社、支局及び日本新聞労働組合連合会ならびにその傘下にある香川、徳島愛媛三県の日刊新聞労働組合、高知県内にある主たる労働組合等に頒布し、もつて一方においては世人をして控訴会社の内部に策謀や騒動がありその重役の人格が下劣であるかの如くに誤解せしめて新聞事業の維持発展に重大なる打撃を与え、且つ控訴会社及びその重役の信用と名誉を毀損し、他方においては控訴会社の一般従業員を動揺せしめ又職場の秩序を乱しその業務遂行を妨害した。

(三)  被控訴人等三名に対する解雇は懲戒解雇に非ずして普通解雇である。控訴会社における従業員の普通解雇は就業規則第二十三条により経営協議会の意見を聞き役員会にかけて社長がこれを行えば足り、従つてその手続を履んで為した被控訴人等三名の解雇については何等非難を受ける理由はない。普通解雇についての法律の制限は労働基準法第十九条第二十条等であるが控訴会社はその制限に違反していない。

控訴代理人等の陳述の要旨は以上の通りである。

被控訴代理人は右に対し、本件争議は抜打的争議ではない。

組合は昭和二十九年暮から控訴会社の労働協約案に対する対案(疎乙第三十二号証)を既に準備してあつたが協議が調わないのでこれに代るべき「高知新聞労働組合活動についての協定」(疎乙第三十九号証の三)を昭和三十一年一月十八日提案したが控訴会社側の不誠意で現在に至るも未だ結論が出ていないのである。右の外、被控訴人従来の主張に反する点は否認すると述べた。

(証拠省略)

理由

当裁判所は以下に附加する理由の外、原判決と同一の理由により控訴人の申請を理由なしとし被控訴人の申請を正当であると認めるから原判決の理由をすべてここに引用する(尤も疎甲第三十五号証、第五十五号証の一の成立は原審証人金山光利の証言(第二回)によりこれを認めるからこのことを補充する)。

控訴人は本件争議は要求事項につき一回の団体交渉もないまま抜打的に行われた違法がある旨主張するのであるが、組合が昭和三十一年七月二日控訴会社に対し下坂、川淵両名の解雇撤回を申入れたことは当事者間争なく翌三日この要求事項につき団体交渉が行われたことは成立に争ない疎甲第二十七、二十八号証、原審における被控訴本人本久晃の供述(三五一丁裏)により疎明されるところであつて、又控訴会社がこの要求を拒否したことは当事者間争なき事実であるから、争議目的にして違法ならずと解せられる以上、本件争議を抜打争議と見ることは出来ぬ。のみならず控訴会社の側においては既に六月二十九日両名解雇の決定をしており、組合が団体交渉を試みても到底組合の要求は容れられない状況にあつたのであつて、かかる状況の下で組合が十分団体交渉をしないで争議行為に入つたからといつて強ちにその不信を責めるのは酷に失する。抜打争議の違法ありとの控訴人の主張は採用し難い。

控訴人は又、七月十日及び十一日の両日、組合が社内マイクを以て指令を発し組合員の重役室等への出入を制限したのは違法である旨主張するので、この点につき検討するに、組合が七月十日控訴人主張のような指令を発したことは被控訴人等においてこれを認めるのであるが、成立に争のない疎甲第五、十号証、原審における被控訴本人本久晃、同堅田慎一郎の各供述及び右堅田の供述によつてその成立を認めうる疎乙第二十、二十一号証の各一乃至六、第二十六号証を綜合すると、当時控訴人側において切崩し工作と目される行動があつた為、組合は組合員に対しこれに備えるよう注意を喚起すべく右指令を発したのであるが翌十一日控訴人側よりその違法を指摘され撤回を要求されるや直ちに撤回これをマイク放送によつて組合員に伝達したこと(控訴人が十一日の指令というのはこれを誤解したものと認める)が認められる。右事実関係から考えると事がら自体違法不当の点はあるけれども、組合は撤回せざれば責任を問うとの控訴人の警告に従い直ちにこれを撤回しているのであるから今あらためてこれを取上げその責任を云為するのは失当である。

更に控訴人は職場離脱の違法を主張するので案ずるに、組合が七月七日から同月二十日迄許可なく就業時間中に屡々闘争委員会、執行部会を開催し且つ宣伝活動を行なつたことは被控訴人等においてこれを認めるところであり、成立に争のない疎甲第十二、六十七号証によれば控訴人は昭和三十年十二月七日既に勤務時間中の組合活動を禁ずる旨を通達の本件争議中においても昭和三十一年七月十二日重ねてこの点に関する通告を発していることが疎明され、而してかかる通達通告がなくとも勤務時間中に職場を離脱することは原則として違法というべきであるけれども、一方において成立に争のない疎乙第二十八号証、原審における被控訴本人本久晃の供述を綜合すると本件争議の直前に行われたいわゆる六月争議中、同月七日組合は新聞社の特殊事情にかんがみ勤務時間中の会合につき控訴人の諒解を得ているのみならず、会合によつて費消した時間中の勤務は残業によつて補ない、極力業務に支障を来たさないよう努めて来たことが疎明されるのであつて、この事実と、執行委員会、闘争委員会等の役員は組合内において枢要な地位にあり争議中は組合専従者と同様の取扱を受けなければ正当な組合活動は十分に行ない得ない事情を彼此考え合わすと本件の職場離脱は未だ必ずしも違法視すべき場合でない。

次に成立に争のない疎甲第二十八、三十、三十一、三十三、三十四、三十六、三十八、四十一号証及び原審証人金山光利の証言(第一回)によれば控訴人主張のような文詞を連ねた組合ニュース或は闘争ニュースが昭和三十一年七月三日頃より同月十三日頃迄の間に組合員、非組合員を含む控訴会社の従業員に配布された事実を認めることが出来、その内容についても措辞激越なるものや会社幹部に対する侮辱的言辞も散見するがその基調とするところは組合員の団結と意気の昂揚を目的としたものであつて控訴会社乃至その重役の信用、名誉を毀損する意図の下に為されたものではないと解せられ、争議という特殊な雰囲気の中においてはこの程度の表現は許さるべきであり敢て違法とすべきでない。

最後に本件解雇の効力の点について検討するに、控訴人は本件解雇を以て普通解雇であると主張するが、その実質において本件争議を違法とし違法争議を企画指導した責任を追及して解雇したものであることはその主張自体によつて明らかであつて(普通解雇なら、争議乃至争議行為の違法をいう為、数万言を費す必要は毫もない)、凡そ解雇が使用者が労働者の経営秩序違反その他の信義則違反に対し一方的に課する制裁の実質を有する以上これを懲戒と解すべきこともとより当然である。果して然りとすれば本件においても就業規則(成立に争ない疎甲第六十四号証)の懲戒規定の適用を見るべく次いで該規則の適用として為される懲戒処分が規定の趣旨と労働者の行為にかんがみ客観的妥当性を有するや否やか問題となるのであつて、もし妥当性を欠く処分ならばこれを無効とすべき結論となるのである。当裁判所は原判決摘示と同一の理由及び上記説示の理由によつて、被控訴人等の所為は他の懲戒処分に相当するものであつても、未だ解雇に値するものではないとし本件解雇を無効と解するが故にこれと同旨に出で被控訴人等の申請を容れ控訴人の申請を却下した原判決を相当と認め本件控訴を棄却すべく訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決した。

(裁判官 三野盛一 加藤謙二 小川豪)

(別紙省略)

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